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乾 佐伎句集『シーラカンスの砂時計』



 乾さんはまだ30歳代の若手の俳人。「吟遊」の同人で、「蘇鉄俳句会」などにも所属されている。世界俳句協会の会員。その第二句集で、2023年12月19日、砂子屋書房発行。

 跋は早稲田大学時代のゼミの恩師内藤明さんが書かれ、あとがきからは、父が夏石番矢、母が鎌倉佐弓さんだと知った。短詩系のご一家であられる。

 

 一読して風変わりな句集である。句集というより「一行詩集」という方が相応しい。発想はきわめて斬新、文体も口語のせいかポップである。定型感はあるものの、それに拘らない。季語のないものが多く、あってもその使われ方は本意本情的ではなく、一つの「モノ」あるいは「詩語」として使われてる感じがする。多く詠まれているものに「シーラカンス」や「空飛ぶ絨緞」があり、特に前者はこの句集の表題にもなっている。シーラカンスは、著者が思いを籠める、夢や情をもった生命体であり、著者の拘りを託したものの「典型」としての句材なのである。 

 小生の目がはたと止まった句を挙げておこう。

 

008 希望とはジャングルジムの中の風

010 毎日が楽しいレタスは水はじく

019 シーラカンス夢の中から出られない

024 幸せはときどき怖いチューリップ

032 漂ってみたい紅茶の香になって

033 早春の汽笛と風がもつれ合う

035 代わりなどいない輝くオリオンに

038 優しさは檸檬のような楕円形

039 夜の海シーラカンスは星のもの

041 一番に笑ってほしいチューリップ

045 見られてる 卓上鏡の中から

047 眼鏡橋を雲が通る

056 ヒロインは迷わずわたし菫咲く

059 雨音が聞こえてきそう琥珀から

074 風船は昨日を振り返らずに飛ぶ

077 砂のないシーラカンスの砂時計

078 早朝の散歩はらぺこあおむしと

086 空飛ぶ絨毯知らずに誰かの夢乗せる

095 シーラカンス東京をうまく泳げない

098 夕焼けはシーラカンスの忘れ物

109 何の音? 一番星が光る音

110 見下ろしてみたい輝くオリオンを

115 友ならば沢山いますクレヨンは

119 天性のほほえみ上手チューリップ

120 遠くても隣にいますオリオン座

122 夏の蝶風とはぐれてからも飛ぶ


 先にも書いたが、この句集の特徴は一行詩的であるということにつきよう。だからこれが「俳句」であると言われると、従来派の俳人たちからいろいろ言われるであろう。従って、これは一行詩集であるとした方が無難であろう。

 文体も発想も新しく、俳句表現史の中で将来どのように評価されるのか、楽しみである。


 小生のイチオシを掲げておこう。


059 雨音が聞こえてきそう琥珀から

 エカテリーナ宮殿の琥珀の間の「琥珀」とは違う。女性のネックレスか大きめのブローチであろう。琥珀には虫が閉じ込められているものがある。一億年も前の命である。だから「雨音」でなく「虫の声」なら納得できるものの、それではいかにも季語を押し込んで作った俳句となり、面白くない。ごく自然に「雨の音」が聞こえたとしたところが、視点が、いや聴点が広がって、よかったと思う。


 有難う御座いました。とても刺激になりました。


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