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鈴木牛後句集『鄙の色』

  • ht-kurib
  • 23 分前
  • 読了時間: 3分

 鈴木牛後さんが、2019年から2023年までの372句からなる第四句集を出された。2025年5月30日、書肆アルス発行。

 牛後さんは、2011年に「藍生」(黒田杏子主宰)に入られ、2016年には「雪華」(橋本喜夫主宰)に参加。2018年には角川俳句賞を受けられた。既句集に『根雪と記す』『暖色』『にれかめる』がある。


 自選句は次の12句。


  春来る尾の有るものに無いものに

  白樺の樹皮のしらりと春雪光

  母牛の喰らふ春(しゅん)闇(あん)色(いろ)の胞(え)衣(な)

  蝦夷梅雨の牛の涎のやうな空

  沖とほき息夏草を胸に漕ぎ

  黒牛に黒い反芻熱波来る

  いとど出てくる住み古りし貌をして

  露に牛追ふ棒切れも露に濡れ

  鹿の屍(し)を穿(ほじ)る鴉の芯まで黒

  吹かれをる枯蜘蛛足八本無欠

  青空を重石(おもし)と思ふ寒さかな

  雪の夜の牛の眼の底知れず


 小生の共鳴句は次の通り多数に及んだ。(*)印は自選句と重なったもの。


008 手を振りあふホームに小さき雪の山

009 春遠し仔牛が母を呼ぶこゑも

021 天塩路のときに人ゐる青野かな

035 霜の夜の星に星見る人あらむ

047 鳥帰る改行は息継ぐやうに

048 搾乳機(ミルカー)のぎゆんと止まれば蛙(かはづ)の夜

055 重き荷を負へば負はるる荷にも汗

065 柱時計柱ごと鳴る寒さかな

071 我佇ちぬ初山河の出つぱりとして

072 屋根雪の空の落ちたるごとく落つ

074 鞦韆括らる鞦韆の鎖もて

081 永き日やゆるく尾を曳く牛の声

087 郭公や荊棘線(ばらせん)正史のごと錆びて

089 草刈つて地球の青の匂ひ立つ

102 牛売れば冬が入つてくる扉

106 足跡が足痕を踏む雪野かな

107 窓(まど)霜(しも)を刮(こそ)ぐ故郷が見えるまで

111 白菜を剥けば春待つやうに芯

114 激流を思へば親し雪解川

116 春銀河濁る捨(すて)乳(ぢち)流れゆくか

118 地球儀に紙の手ざはり水温む

119 のどけしやのたりとのばす牛の舌

123 風船にたましひ入つたかもしれぬ

126 郭公の影を持たざる声を聴く

126 揺れる夏草牛の眼のかがやきに

128 牧牛の夏我が尿(しと)のまづしさよ

130 鳶の輪のかろき干草日和かな

131 此処を道と呼ばう夏草踏み倒し

135 花火果て北へと帰る人ばかり

137 炎天や仔牛バケツを底まで舐め

152 霜軋む牛曳くに歯をきしと締め

157 牛飢うる声のごとくに虎落笛

166 春来る尾の有るものに無いものに(*)

169 風光る仔牛この世に目を瞠り

176 客死と思ふ堆肥場に蝶墜ちて

184 干草の匂ひが背伸びしてをりぬ

187 牛追ふに枝を拾うて涼しさよ

192 螻蛄(けら)鳴くや臥せれば漏れる牛の乳

195 亡き人も牛も横顔秋の風

198 冬狐骨まで飢ゑてゐる眼光

203 雪の夜の牛の眼の底しれず(*)


 句集の各句から察して、牛後さんは北海道での酪農・牧畜をやめられ、埼玉に移られたようだ。句集には「牛」への愛着が存分に詠まれている。


102 牛売れば冬が入つてくる扉

116 春銀河濁る捨(すて)乳(ぢち)流れゆくか

128 牧牛の夏我が尿(しと)のまづしさよ

137 炎天や仔牛バケツを底まで舐め

157 牛飢うる声のごとくに虎落笛

195 亡き人も牛も横顔秋の風


などがその例だ。実際に「牛」と「雪」との生活を一緒にされた人でないと詠めない句ばかりだ。その体験がやや屈折の有る重いリズムで訥々と語られている。其処には「牛」との生活臭が漂っている。極めて作家性の強い句集である。


 自選句と重なった句は、次の一句であった。


203 雪の夜の牛の眼の底しれず(*)

牛と一体の生活を続けると、一頭一頭の牛の個体の性格や癖やエピソードを、牛後さんは熟知するようになるのであろう。だから「眼の底」にはその牛の過去が集約されており、従って「底知れず」なのであろう。「雪の夜」はことさらに、その牛のことを思うのである。勝手な想像だが、その牛の奥深い「眼(まなこ)」は、もの悲しそうに潤んでいるに違いない。


 感銘深い句集でした。

 
 
 

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