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堀田季何著『俳句ミーツ短歌―読み方・楽しみ方を案内する18章』



 著者は俳誌「楽園」主宰で、歌誌「短歌」の同人でもある。国際的活動を背景に、詩歌の評論と実作に長けている方。俳句では、芸術選奨文部科学大臣新人賞、現代俳句協会賞(句集『人類の午後』による)などを、短歌では石川啄木賞などを得ている。笠間書院、二〇二三年五月五日発行。

 一読して、話しかけるような文調は、初心者向けのように見えるが、引用の豊富さ、その説得力ある解説、出典の明示などは、万巻の書を読破しての学術書のようにも見える。相反する意見には公平な記述を心掛けながらも、自説を明記するなど、評論集的でもある。基本に流れている理念は「詩歌は自由」ということであろうか。

 堀田の説の中で、小生が「快哉」と思う部分を、三点、上げておこう。

 その第一は、現在の俳句結社は「解釈共同体」の側面が強いとの指摘である。こういっている……「師系が異なると俳句についての価値観が根本的に違い、どの結社にいるかで俳句の読み、解釈はまったく変わってきます。短歌にも結社や師系はありますが、俳句の方が『解釈共同体』の側面が強い」……。ホトトギスの作品を「海程」や「海原」に出しても、評価されないであろう。このことは誰でもが経験していることである。ある句会で好成績だった作品を、系列の違う句会に出して、まったく評価されなかった経験を、小生も持っている。これで俳句は文学だと言えるであろうか……「従来の俳句結社のシステムはちょっと宗教団体に似ているところがあります。(中略)俳句は宗教でもなければ茶道や華道のようなお稽古事でもありません。詩文芸です。文学です。俳句結社の中では重鎮でも、結社の外に出ると俳句を読むことが自由に出来ない人が、真の文芸家と言えるでしょうか」……。堀田は、このことを重く受け取り、すくなくとも自らの結社「楽園」では、敢えて解釈共同体であることを否定している。主宰と違う解釈は常に大歓迎である、という。自由であるべきなのである。

 その第二は、季語・季題についてである。現象的にみて、季語は有季俳人の要請に従って、時代と共に増え続けている。曲亭馬琴の『俳諧歳時記』(一八〇三年)では二六〇〇余、二〇二二年の『新版 角川俳句大歳時記』では一八〇〇〇(傍題を含む)以上に増えている。増えた季語の中には、「夜の秋」「万緑」「春一番」「釣瓶落し」「乗込鮒」などがある。さらに、堀田は、俳句が生まれるまでの歴史を振り返り、そこでは「季語」が絶対ではなかったことを指摘している。つまり、連歌には「雑」の項があり、季語なしの恋、離別、羇旅を詠むことが求められていた。この考えが拡大されて、季語は句の中のキーワードであるに過ぎず、だとすれば、季語以外の他の言葉でも、句の中でイメージ喚起力を持つ主テーマでありえれば、季語と同じ働きをしていると考えるべきだという。そのような言葉の最重要なものに、「戦争」「テロ」「災害」があろう。そもそも、「雑」の部で恋を詠むのに、虚子の時代になってなぜ季語を入れねばならなくなったのであろうか、という素朴な疑問が、小生にはあった。このキーワード構想は、堀田の胸の中でさらに膨らみ、俳枕、名所旧跡など、句の核となりうる固有名詞(人名を含む)なども、季語の代わりに用いることが許されるべきだと考えている。一例を挙げれば〈広島や卵食ふ時口開く 三鬼〉の「広島」である。堀田は、「俳句の成立において有季性が必要条件とされていなかったことが明らかです。高濱虚子などによる、季語がなくては俳句ではないという主張はむしろ新しく、伝統を逸脱した異端といえるでしょう」とまで書いている。堀田はこのように詩歌に於ける自由主義者である。

 その第三。堀田は、子規の主張した「写生」を虚子が「客観写生」に置き換えながら、実は、嘱目したものでないことまでを句にしていると述べ、実際は虚子の「写生」は「写意」を含んでいると指摘する。ある意味で子規の写生とは違う虚子の「写生」が多くの俳人に誤解されたままで来た。「写生」は俳句の方法の一つとしての効用はあるのだろうが、文学であるべき俳句の方法としては、リアルであってもリアリテイがないといけないという。虚子らは「写生」の対象としては相応しくない「夢」を堂々と詠っている。夢をも写生の対象にしていると言おうか……たとえば〈すぐ来いといふ子規の夢明易き 虚子〉〈夢に舞ふ能美しや冬籠 たかし〉である。夢ではあるがリアリテイはある。さらに(「夢」のように)身体的に体験していないことを題材にリアリテイを感じさせる俳句を作る手法(写生以外の 筆者注)はいくつかある、といって堀田は〈戦争が廊下の奥に立つてゐた 白泉〉などに論を広げ、戦火想望俳句を含め、時代のリアリテイがある、という。リアルな体験と句のリアリティは別物だという。

 該著から、特筆すべきと筆者が思う項目を三点だけ挙げたが、共感する見方が多かった。痛快であった。


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