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小林たけし句集『裂帛(れっぱく)』



 小林さんの俳句は、栃木県現代俳句協会の和田浩一会長や「地祷圏」の石倉夏生代表のもとでの薫陶から始まり、「遊牧」(清水怜代表、そのころは塩野谷仁氏が代表)に参加され、この句集に結実した。表題は次の句に因んでいる。

  188 裂帛の少女の声や寒稽古

句集『裂帛』は、この十年間の作品500句を入集している。序文は塩野谷仁さんで、佳句を40句ほど掲げ、小林氏の経歴をも紹介している。それによれば、氏のビジネス歴は相当な波乱万丈であったらしい、が幸い、現在は悠々自適のようである。氏の多彩な経験があったればこそ、このような句集が生れたのだとも納得できる。2022年6月10日、本阿弥書店発行。


 自選12句は次の通り。

  

  シンギングザイレン気分は青蛙

  大筆の走る書道部雲雀東風

  ひとり子のおはなしじょうず紙雛

  象も啼く鯨も嗤う雲の峰

  香水瓶ひとつひとつに黙秘権

  美しき射位の少年夏袴

  しあわせはいつもひらがなさくらんぼ

  ヤングケアラーちいちゃんは汗っかき

  通帳に利息一円蚯蚓鳴く

  尺蠖のどこまで行くもまだ途中

  追伸はなべて繰り言十二月

  数え日やこころもとなき臍の胡麻


 小生の感銘句は次の通り多きに至った。約50句からさらに30句に絞ったもので、(*)印は自選と重なったもの。


019 余生とは風ぬけとおる夏座敷

026 今年米嗅いで零してまた掬ふ

031 冬あたたか双子じたての乳母車

034 星冴ゆる他人のように靴の音

042 青踏むや地図の折れ目に摩崖仏

044 百花にも同じ振り音種袋

045 さくら貝妻をむかしに還らせる

049 歩き足りない青梅雨の石畳

050 シンギングザレイン気分は青蛙(*)

052 香水瓶ひとつひとつに黙秘権(*)

068 鼻先にとまる風花逆上がり

075 さくら貝はつ恋という不燃物

077 殺生に生者の大義大野焼

091 尺蠖のどこまで行くもまだ途中(*)

091 しあわせはいつもひらがなさくらんぼ(*)

092 日雷藁打ち石の通し土間

099 どの貌も般若阿修羅や稲びかり

100 霧の中顔の見えない手に引かれ

103 秋風鈴遠きところに置くこころ

108 秋霖やダムの底までつづく道

127 かいやぐら登りし人を忘れない

131 嘘泣きのときどき休む夕蛙

131 初つばめ谷中に古き煎餅屋

135 来し方はパラパラ漫画水かげろう

141 善人になった気になる茅の輪かな

147 原爆忌肩までとどく黒手套

152 ヤングケアラーちいちゃんは汗っかき(*)

178 能面のひとえのまぶた寒月光

187 垂り雪殉死の墓の粗づくり

188 裂帛の少女の声や寒稽古


 一読した印象では、小林句の多くは、モノやコトを観察し、それらを、①概括的に、俯瞰的に、普遍性を引き出しながら、想念重視で、五七五に纏めた所謂マクロ的俳句、それと、モノやコトを鋭く観察し、②写生的に、分析的に、一回性を大切にして書いたミクロ的作品に分けられよう。前者は、宗匠的俳句の面白さに満ちており、後者は、子規以来の現代俳句的と言えようか。形式的には有季定型を守り、原則として現代仮名遣いに従っている。内容的には、雅俗混淆であるが、どちらかと言うと、庶民感情に馴染むものが多い。

 つまり、この句集における小林俳句は、箴言・格言めいた五七に五音の適切な季語を斡旋した造りが多く、箴言めいた表現には、まず読者の多くが納得し、ついで、それを引き立てる季語の斡旋の見事さに納得の度が高まる。それがこの句集の見どころであろう。例えば次の句群である。

019 余生とは風ぬけとおる夏座敷

091 しあわせはいつもひらがなさくらんぼ(*)

135 来し方はパラパラ漫画水かげろう

 風通しの良い夏座敷にゆったりと寛ぐことがすなわち余生なのだ、と断定している。これにはおおかたが頷くであろう。「夏座敷」がうまい。

 しあわせには、やわらかな感触がある、と言われると、これにも頷くほかない。「さくらんぼ」のひらかな表記も憎い。

 来し方は「パラパラ漫画」だと言われれば、小林さんの半生だけでなく、読者も「おなじようなものだなあ」と納得してしまう。「水かげろう」の何となく頼りなさそうな季語も働いている。

 この①のカテゴリーの作品は、この句集のかなりの部分を占めている。小林さんが永年新聞俳句などで鍛えた方だと分かれば、このことは大いに納得できる。その間に会得した技が表出した句群といえよう。


 加えるに、小生の好みもあるが、②のカテゴリーの作品から高尚な俳句性を感じ取ったことも書かねばなるまい。たとえば、

016 今年米嗅いで零してまた掬ふ

042 青踏むや地図の折れ目に摩崖仏

092 日雷藁打ち石の通し土間

188 裂帛の少女の声や寒稽古

などの作品には、観察の眼が行き届いた一回性のよろしさ、あるいはモノに起因したよろしさがあるのである。この類の句は①に比して多くはない。

 今年米の出来を鑑定するとき試験官が、米を手(か何か)に掬い、丹念に匂いや色つやを視るのであろう。状況がつぶさに描かれている。

 ハイキングであろうか、地図を開いて目的地である摩崖仏の場所を調べたら、ちょうど折り目のところだった。ちょっとした偶然が一句となった。

 藁打ち石の置かれた土間、寒稽古の少女の掛け声・・・ある日、ある瞬間の場面を切り取って書いている。これらは、さきのカテゴリー①のような一般通念や自身の想念に基づいて俳句を書くのと違っている。そこが良かった。


 さらに面白い二句を掲げよう。


050 シンギングザレイン気分は青蛙(*)

 はじめは分からなかったが、「singing in the rain」と分かって、「青蛙」の気分を満喫できた。たしか、ビング・クロスビーだったか、と思って調べたら、ジーン・ケリーでした。彼の映画が懐かしいです。


052 香水瓶ひとつひとつに黙秘権(*)

 この「黙秘権」がうまい。この句集の中では珍しい作品。鑑賞が定まらない愉しさを味わった。この類をもう一つ挙げれば、〈100 霧の中顔の見えない手に引かれ〉があろうか。


 楽しい句集でした。有難う御座いました。


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