黒岩さんは十六歳の頃から俳句を始め、夏井いつきの「いつき組」に所属、今井聖主宰の「街」の同人でもある。石田波郷新人奨励賞、「街賞」などを受賞。『天の川銀河発電所』に入集、『新興俳句アンソロジー』(共著)などがある。現在、現代俳句協会青年部長。NHKテレビの俳句番組を含め、活動的な若手俳人の一人である。その第一句集で、二〇二四年五月五日、港の人発行。
小生の気に入った句を列挙しよう。珍しく、多数となった。
009 泣き黒子水鉄砲を此処に呉れ
011 白薔薇や回転ドアに触れず出る
015 青島麦酒喧嘩しながら皿仕舞ふ
020 爽やかや綿飴越しに目が合つて
022 間取図をスワイプいわし雲流れ
024 一茶忌の馬穴を蹴れば星生まる
025 口笛となるまでの息冬桜
028 呼鈴を軒の氷柱に触れてから
029 宿の鍵放りて布団凹みたる
030 片栗の花に屈むと踵浮く
033 書く前の手紙つめたし夕桜
037 まづレタス敷いて始めんサラダバー
039 犬よりも丸まつて寝る朧かな
042 掃き寄せて花屑らしくなりにけり
047 スーパーに会ふ妹のサングラス
051 左大文字も入れて撮りにけり
054 電線のある日本の芋嵐
056 どれがどの家の道具や芋煮会
069 括られし風船柔く打ち合へる
069 中腰に進む空手部花菜風
077 黒揚羽薊つかめるまま傾ぐ
080 潦跳ぶ殿の登山靴
082 秋めくや手首叩いてオムレツ巻く
083 掌が桃を離れて柔らかき
084 ドアノブを夜食の盆で押して入る
094 賀状書く番地の途中からは見て
095 出し切つてゐる寒禽の濁り声
096 肩とんと叩き焚火の番替はる
101 みどりの扉開けば君や春の昼
103 夕飯を考へ凧の糸を巻く
104 渦潮に集ふあらゆる目の力
105 スキーより戻り豆苗伸びてをり
106 歯が眩しスイートピーと言ふ人の
107 芝桜埴輪の馬に短き尾
111 サンダルで机の下に蹴り合へる
112 柚の花や二人の家に同じ本
112 おやすみと電話を切つて金魚見る
113 揃ひけり磯鵯と言ひし声
116 噴水が何も濡らさず落ちにけり
116 隅に荷を寄せて大広間に昼寝
119 椎茸やパーマがかつこいいつてさ
121 ブラウスの鹿爽やかに僕を見る
121 花カンナもうすぐ駅のできる町
126 とろろ汁俺が言ふのもあれやけど
132 ポインセチア四方に逢ひたき人の居り
135 雪折のうしろの空が晴れてをり
138 氷柱より切手につけるほどの水
139 激流は喉奥にあり蒼鷹
144 はくれんや橋の下から名を呼ばれ
144 剪定を仰ぎて何もなさざりし
146 先生と強く呼びても田打ちをり
150 凧降りてくるまで犬の坐りゐる
153 藤棚を過ぐる一人は潜らずに
157 絵筆溶くやうに金魚が水槽へ
159 手刀を切つて茅の輪をくぐりけり
160 シーサーに阿吽ありけり阿が涼し
165 ゐのこづち下から上に叩き払ふ
170 落花生割つて捨てても良き酒場
175 聖夜劇十歩で行けるベツレヘム
179 どちらからともなく凭れ冬の海
一読して、面白い句集だと感じ、どんどん読み進んだ。テーマは「今」と「私」と「一回性」であろうか。青春性が高いが、抒情的ではない。モノやコトに即し、よく見て感じて書いている。口語表記でも良いのでは、と思える句もなくはない。原則、有季定型で、古い形の「や・かな・けり」もあるし、ときどきリフレインの助けも借りている(たとえば 042 風船に透けて風船売昏し や 064 強きハグ強く返すや海苔に飯 など)。 やはり最大の特徴は、「一回性」の事象をカメラにうまく収めた感じであろう。だが、静止画ではなく、短い動画に纏めている。たとえば、
011 白薔薇や回転ドアに触れず出る
077 黒揚羽薊つかめるまま傾ぐ
084 ドアノブを夜食の盆で押して入る
153 藤棚を過ぐる一人は潜らずに
157 絵筆溶くやうに金魚が水槽へ
などである。
俳句には、「私」を離れて、「普遍性」を言い留める流れと、黒岩俳句のように「今」と「私」にポイントを置く流れがあるが、これはまさに今井聖主宰の主張する「街」のモットーでもあるのであろう。言語表現技術を駆使しての流れるような俳句は、志向していない。寓話や人生訓的な句もない。「私」がテーマだが、境涯句はない。背景に「恋」がある感じの句はあるが、「情」を書かない。言ってみればまさに「街」的で、現代的な俳句である。かといって「ありにけり」のような措辞をも、ときどき使っていて、それがまた面白い。
好きな句をいくつか挙げて鑑賞しよう。
015 青島麦酒喧嘩しながら皿仕舞ふ
「青島」がいい。これが「缶」ならつまらない。固有名詞でリアリテイが生じた。それに、「喧嘩しながら」などという、マイナスイメージを覚えるような措辞は、普通は使わない。そんなことはお構いなしに書いた。正直に書かれると、読者は作者を信用する。
029 宿の鍵放りて布団凹みたる
今どきのホテルは大抵が羽毛布団である。珍しくカードキイではなかったのであろう。少し重たい鍵だったらしく、布団が凹んだ。只事俳句的ではあるが、リアリテイがある。
069 括られし風船柔く打ち合へる
この句も、よく見て書いたなあ、と感心する。「俳句は象徴詩だ」などと大袈裟に主張する向きは、「風船」は何かの暗喩だなどと深読みするのだろうが、その必要は、私にはない。これで俳句なのだ。俳句を鑑賞するとき、書かれてあることだけを読めばいいのだ。
069 中腰に進む空手部花菜風
この句、私は、同時に相撲取りの稽古場を思った。配合された季語もいい。実は、配合された季語に意外性を感じる句もあったが、この句はすんなりし過ぎるほど、よく分かった。
033 書く前の手紙つめたし夕桜
083 掌が桃を離れて柔らかき
この二句に共通の微妙な感覚的な感受が気に入った。
113 揃ひけり磯鵯と言ひし声
ふたりが、思わず同時に「イ・ソ・ヒ・ヨ・ド・リ」と口に出したのであろう。これがまさしく「一回性」の句の宜しさである。
116 隅に荷を寄せて大広間に昼寝
これは、「あるある感」の代表句であろう。なぜか、荷物は部屋の隅に置かれる。
実に楽しい句集でした。
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